7. ドーピングに対する検査技術:肉を食べたら「うっかり」して禁止薬物も摂取してしまった?〜ドーピング検査と薬物代謝〜

薬は体の中で色々なものに変化します。その為、姿を変えた薬についても追跡しなくてはいけません。体内において変化した薬を見つける為には化学の知識と技術が必要になります。

薬学部 内山 武人

 スポーツにおいては競技者全員のフェアネス(公正性)が基本です。アンチ・ドーピング活動は、全ての人のフェアなスポーツに参加する権利を守り、併せて公正なスポーツを守るための活動といえます。アンチ・ドーピング活動には、ドーピング行為に反対し公正なスポーツが成り立つための教育・啓発活動とともにドーピング検査といった活動も含まれます。ドーピング検査はスポーツの公正性を証明するための手段であり、ドーピング検査を正しく実施することによって、クリーンなアスリートのみが競技会に参加できる環境を整えることができます。

 アスリートは、通常摂取する食事に使われる食材にも注意を払わなくてはいけません。普通に食べた食肉にドーピング対象薬(禁止薬物)が含まれていて、そのためにドーピング検査で禁止薬物が検出されたと考えられる例が報告されています。世界アンチ・ドーピング機構(WADA)によれば、食肉の肥育目的で家畜に「クレンブテロール」(気管支拡張薬だが、筋肉増強作用も有する)が投与され、その肉を食べたアスリートの検体からドーピング検査において「クレンブテロール」が検出された可能性があるとされています。1)「うっかり」だったのでしょうか?

 ドーピング検査では禁止薬物だけでなく、生体内で変化していく薬(代謝物)に関する情報も重要となります。なぜなら、薬の形跡をたどれば、禁止薬物を摂取した「時間(いつ)」や「量(どれくらい)」をより正確に推定することが可能になるからです。すなわち、禁止薬物を摂取した「時間(いつ)」や「量(どれくらい)」の情報は、そのアスリートが禁止薬物を「故意」に摂取したのか、あるいは「うっかり」して摂取したのかをより正しく判断する際に、重要な情報の一つとなります。しかしながら、禁止薬物の代謝物に関する研究は未だ十分におこなわれているとはいえず、ドーピング検査の標準品として用いる代謝物の供給方法も確立されていないのが現状です。

 私たちの研究室では、薬の代謝物の一つであるグルクロン酸抱合体に注目してその化学合成に関する研究をおこなっており、代謝物の安定供給法の確立を目指し、今後もアンチ・ドーピング活動に貢献していきたいと考えています。