4. サプリメントとドーピング:漢方薬、植物サプリメントとドーピング

漢方薬といえば身体に優しくドーピングとも無縁のイメージですよね。いえ、いえ、そんな事はありません。漢方薬や植物サプリメントはドーピングの危険性がいっぱいです。

薬学部 矢作 忠弘

 セルフメディケーションが推進される昨今、ドラッグストアなどでは漢方薬、栄養ドリンクやサプリメントなどを手軽に購入し、健康の維持増進に役立てている人が沢山います。しかしながら何気なく利用している製品の中には、禁止物質を含む生薬を含有し、”うっかりドーピング”となってしまうものが存在するため注意が必要です。
 ドーピング対象生薬として良く知られているのが、麻黄 (マオウ)、呉茱萸 (ゴシュユ)、細辛 (サイシン)、南天 (ナンテン)、附子 (ブシ)、海狗腎 (カイクジン)、麝香 (ジャコウ)、鹿茸 (ロクジョウ) などです (表1)。麻黄は世界アンチドーピング機構 (WADA) が規定する禁止表国際基準の”S6. 興奮薬”に規定されているエフェドリン (図1) を含みます。このエフェドリンは、1885年に日本薬学の始祖である長井長義が麻黄より単離し構造を決定した、窒素原子を構造中に含むアルカロイドと呼ばれる植物成分の一種です。一般的なかぜ薬や鎮咳薬の中には、その誘導体であるdl-塩酸メチルエフェドリンが鎮咳効果を目的として配合されています。また海外製のサプリメントでは、エフェドリンが脂肪燃焼を目的に配合されていたり、明記されずに混入していたりすることがあるため、インターネット上での安易な購入は避けるべきです。WADAの禁止表国際基準により”S3. ベータ2作用薬”に分類されているヒゲナミン (図1) は、呉茱萸、細辛、南天や附子に含有されているアルカロイドの一種です。特に南天に関しては、のど飴などに含有されることがあるため、飴だからといって油断はできません。海狗腎、麝香や鹿茸は動物性生薬であり、滋養強壮を目的として栄養ドリンクに配合されることがありますが、その含有成分として蛋白同化薬およびホルモンの関連物質を含むとされているため、普段から使用を控える必要があります。
 漢方薬では、風邪の初期症状時に服用する葛根湯に麻黄が配合されているため、「漢方は植物由来のものだから安心」という認識で服用してしまうと、”うっかりドーピング”の原因となってしまいます。表記も様々であり、「エフェドリン」と書かれるときや「麻黄抽出物」、「マオウエキス」などと書かれるときもあるため、とても混乱しやすいです。また漢方薬は、その多成分系という特徴から「ドーピング成分が入っていない」と断定することができず、また殆どの場合代替薬が存在することから服用は自己責任となり、治療使用特例 (TUE) も申請できません。しかしながら、近年抗がん剤の副作用対策や婦人系疾患などに対して漢方薬を積極的に使うケースが増えているため、漢方薬を必要とするアスリートのためにも、安全性の向上と品質の保証が今後重要になってくると考えます。
 今回取り上げた生薬以外にもドーピング対象成分を含む生薬は存在すると考えられますが、インターネット上にはエビデンスの乏しい情報も沢山掲載されているため、全てを鵜呑みにするのはとても危険です。自分の身を守るためにも、公正に競技を行うためにも、不安なことやわからないことは遠慮せずにスポーツファーマシストに相談し、充実したスポーツライフを送っていただければと思います。