3. 薬とドーピング:紀元前668年古代オリンピック競技祭優勝者における乾燥イチジクの利用

より高度なパフォーマンスを望むのは昔も今も変わりません。それではドーピングは一体いつから行われてきたのでしょうか?古代オリンピックの頃に遡ってみましょう。

短期大学部 安西 なつめ

 現在、ドーピング(doping)とは一般に、「スポーツ選手が競技を行う際、体力を集中的に発揮させることを目的として、ある種の薬物の内服や注射などを行うこと」※1とされています。ドーピングの語がこの意味で使用されるようになったのは19世紀の終わり頃ですが※2、競技者のパフォーマンスを向上し「体力を集中的に発揮させる」ため、特定の食物が使用されたという事例は古代からありました。その最初期のものとして知られているのが、紀元前776 年に開催された第1回古代オリンピック競技祭の競技者の例です。彼らは競技のスピードアップなどを目的に、キノコや、ハーブを含む様々な植物、ワインなどを摂取していたと言われています※3。こうしたキノコやハーブ、アルコールの類は興奮剤・刺激剤としての利用が想像されますが、紀元前668年にピサで開催された第28回古代オリンピック競技祭のスタディオン(約190m)走優勝者は、意外にも乾燥イチジクを取り入れていました※4。
 イチジク(無花果)はクワ科の植物で、食用となる果実は夏から秋にかけて楽しむことができます。イチジクの果実は現在ではカリウム、鉄分、カルシウムを多く含むことが知られていますが、今から2500年以上もの昔、乾燥イチジクにはどのような効能があると考えられていたのでしょうか。
 紀元77年頃、ローマの博物学者大プリニウス(Gaius Plinius Secundus, 23–79)は、古代のあらゆる事物についてまとめた著書『博物誌』(-77)の中で、イチジクについて次のように記述しています。
「乾燥させたイチジクは肉と体力をつける。そのため、昔の競技者はこれを食事としてとっていた。ピュタゴラスは競技者がこれに代わって肉を食べるように仕向けた最初のトレーナーであった」※5
かつてのスタディオン走の優勝者も体力の増加を期待してイチジクを摂取したのでしょうか。プリニウスはこのほかにも、イチジクが喉や喘息によいこと、発汗・利尿作用があること、腫れやいぼに対して効果があることなどを記しています。また、イチジクは『博物誌』のその他の薬用植物の項目にも頻繁に登場しており、ある植物にイチジクを加えて煎じるなど、様々な植物と併せて使用されることも珍しくなかったようです。
 古代オリンピック競技祭の例のように、競技者たちは古くから、パフォーマンスの向上や体力の増強に有効な食物および食事法を探究していました。しかし、古来使用されてきた食物の中には、利用方法によって人体に有害であることが判明しているものもあります。もちろん、そうした有害な食物および抽出成分の摂取は、現在のスポーツ競技では不正行為として禁止されています。より良いパフォーマンスのために効果的な方法を探究することは昔も今も変わりませんが、21世紀の現在では、競技者の健康面に配慮し、より安全で健全な体づくりが目指されています。

 

※1「ドーピング」. 黒田善雄. 改訂新版世界大百科事典(改訂新版第6刷). 平凡社; 2014.
※2Harshad O. Malve. Sports Pharmacology: A Medical Pharmacologist’s Perspective. Journal of Pharmacy and Bioallied Science. 2018; 10(3): pp. 126-136.
※3David A Baron, David M Martin, Samir Abol Magd. Doping in sports and its spread to at-risk populations: an international review. World Psychiatry. 2007 Jun; 6(2): pp. 118-123.
※4Apostle Arne Horn. The Early Church Fathers♯4. Lulu.com; 2016. pp. 81.
※5大槻真一郎責任編集. プリニウス博物誌植物薬剤篇. IV-六三121. 八坂書房; 1994