7. ドーピングに対する検査技術:禁止物質の代謝とその血中濃度推移
少しの禁止物質だったらバレないのでは?現在の検査技術は25mプールに砂糖1グラムを入れたとしても見つけてしまうことができます。いつ飲んだのか、どの位飲んだのかまでわかってしまいます。
薬学部 宮本葵、青山隆彦、松本宜明
スポーツの世界では記録を伸ばすために薬物を使用する選手がいます。世界アンチ・ドーピング機構(WADA)は、それらの薬物を禁止物質と指定して使用を禁止しています。禁止物質を内服や注射により摂取すると、血液で体内に運ばれ、心肺機能を高めたり、集中力を増したりなどの作用を示します。そして、体内に入った禁止物質はそのままの形で腎臓から尿中へ排泄または肝臓で代謝され、代謝物も尿中から排泄されます。そのためWADA認定の分析機関では、選手の尿や血液を検査することで禁止物質の使用の有無をチェックしています。血液中の禁止物質と代謝物の濃度の経時的推移をグラフにすると、図のようになります。禁止物質を飲んだあと、1時間後、2時間後と時間を追って採血し、血液中の禁止物質の濃度を測ると、いつ血液から禁止物質が無くなるのかを予測することができるようになります。さらに、血液中の禁止物質が減少するスピードから、禁止物質をいつ摂取したのか、あるいは、どの程度の量を摂取したのかといったことが予測できるようになります。また、尿中の排泄量から血液中の動きを予測することもできます。禁止物質の濃度を測定する機器は、一般的な25メートルプールに1グラムの砂糖を入れたとしても検出できるほどの性能がありますので、禁止物質の服用が少しだから大丈夫だろうと言う考えは通用しません。これら禁止物質は、市販されている標準品(化合物の元素や構造が特定されたもの)と比較することで測定することができます。禁止物質がどのような代謝物になるかを調べたい場合は、学術論文や薬品情報などの文献を調査することでわかります。代謝物の標準品が市販されていない場合もありますので、代謝物を作る必要があります。そこで研究室では、代謝物の標準物質を作る合成方法として、有機合成法を駆使する方法やヒトや動物の体内に存在する薬物代謝酵素を使い合成する方法を調べて合成しています。さらに、体内での禁止物質およびその代謝物の動きについて血液中濃度推移および尿中濃度推移を指標としてとらえ、モデル化して予測する研究を行っています。そして、様々な科学技術を用いたこれらの研究が、クリーンで公正なスポーツを守る活動を支援できればと考えています。