2. アスリートとアンチ・ドーピング:アンチ・ドーピングに向けてアスリート・アントラージュができること

アンチ・ドーピング活動はアスリートやコーチだけで行うものではありません。アスリートの周りの保護者、栄養士、医師、歯科医師、薬剤師、友人、教員など(アントラージュ)の協力が必要です。今回はアントラージュの重要性をお話しします。

薬学部 進藤 大典,小沼 直子

 私たちは現在,薬学部に奉職していますが,「体育」であったり,「スポーツ」との関わりがある立場におります。すなわち,薬学の知識はほぼ皆無であり,どちらかと言えば,アスリートやアスリートをサポートする指導者,トレーナーに近い目線でしか語ることができません。そのような立場で,アンチ・ドーピング プロジェクトに関わっていく中で感じたことを少し述べさせていただきます。私たちがまず思ったのは,ドーピングには非常に細かく厳しいルールがある,ということです。禁止されている薬物は数多く,さらにそれらは1年に1回改訂され,前年度まで指定されていなかった薬物が次年度に禁止薬物に指定されることもあります。我が国では,国民体育大会や全国高等学校総合体育会など,高校生や大学生(以下,若手アスリート)が多く出場する大会でもドーピング検査が実施されています。そして残念ながら,上記のような大会に出場した若手アスリートがドーピング検査で陽性になってしまった事例もあります。特殊な場合を除いて,薬に関する基本的な知識を備えているアスリートはいないでしょうし,アスリート自身が毎年改訂されるドーピング規定及び禁止薬物について記載されている大量の情報を読みこなし,それを理解したうえで,競技生活を送ることは難しいと思います。では,ドーピングからアスリートを守るために重要なこととはなんでしょうか?もちろん,アスリート自身がドーピングに関して学習することも重要だと思います。しかし,それだけではなく,アスリートの周りを取り巻く環境,すなわちアスリート・アントラージュ(以下,アントラージュ)のサポートが必要不可欠だと考えます。アントラージュには,保護者,指導者,トレーナー,栄養士,医師,そしてスポーツファーマシスト(ドーピングの専門的な知識を有した薬剤師)などアスリートに関わる全ての人々・職種が含まれます。そのなかで特に重要な役割を担うのが,指導者(コーチ)や保護者だと言われています。実際,私たちがアスリートに対し行った調査でも,ドーピングについて相談する相手として,指導者,両親と回答したアスリートがほとんどでした。一方で,指導者を対象に行った調査では,アンチ・ドーピング教育の重要性は高く認識しているものの,アスリートに対する教育の実施や,スポーツファーマシストは認知されていないのが現状であることがわかりました。また,若手アスリートの保護者に対し行った他の調査では,ドーピング防止教育を受けたことが「ある」と回答したのは1割にとどまり,勉強方法もSNSやメディア等の自主学習が最も多かったことが報告されています。アスリートを勝利へ導くための指導やサポートをする上で,アンチ・ドーピング活動に時間を割くことはあまりできないと思います。また,アスリート自身がドーピングに関する事柄全てを把握することは難しいと思います。しかし,ドーピングへの意識や知識の低さが原因で,禁止薬物が含まれているとは知らずに“うっかり”ドーピング違反になってしまったケースが多いのも事実です。
そのような悲劇からアスリートを守るためにアントラージュは何ができるでしょうか?全ての禁止薬物を把握する必要はないと思いますが,禁止薬物の調べ方,スポーツファーマシストの存在や相談する術を知っていることが大切なのではないかと私たちは考えます。「何も知らなかった」という理由によるドーピング違反を避けるために,アスリートとアントラージュが共にドーピングについて考えてみてはいかがでしょうか。