1.序論:ドーピングのない社会を目指して:スポーツを愛する人に寄り添う薬剤師
あまり知られていないことですが、アスリートをドーピングから守るために薬剤師が大きな役割を果たしています。コラムに薬剤師とスポーツとの関係を簡単にお話しします。
薬学部 齋藤 弘明
スポーツにおいては競技者全員のフェアネス(公正性)が基本です。アンチ・ドーピング活動は、全ての人のフェアなスポーツに参加する権利を守り、併せてクリーンで公正なスポーツを守るための活動といえます。アンチ・ドーピングには、ドーピング行為に反対しスポーツとして成り立つための、1) 教育・2) 啓発とともに3) ドーピング検査といった様々な活動が含まれます1)。順に紹介します。
1) 教育
2013年より、高等学校学習指導要領・保健体育に「オリンピックムーブメントとドーピング」という項目が追加されたことで、アンチ・ドーピングについて指導することが明記されています。高校生がスポーツの社会的な価値や、その価値を守るための活動としてアンチ・ドーピング活動を学ぶ機会となっています。
2) 啓発
日本アンチ・ドーピング機構が主宰して多くの教育研修会やアウトリーチプログラムが開催されています。日本大学薬学部においても一般市民を対象とした薬物の適正使用に関する講演や小中高生を対象とした模擬授業、学校薬剤師活動を通じてアンチ・ドーピング及び薬の適正使用に関する啓発を行っています。
3) ドーピング検査
ドーピング検査は、スポーツの土台として働いている公正性を証明するための手段です。ドーピング検査を実施することによって、クリーンなアスリートのみが競技会に参加できる環境をつくり、クリーンなスポーツに参加するアスリートを守るために行われます。
ドーピングに関する検査技術の開発にはドーピング対象薬のみでなくその生体内代謝物に関する情報も重要ですが、その供給方法については十分に確立されていません。広く使われている分析機器では、分析に際して高純度の生体代謝物を供給する必要があります。2019年禁止表国際基準を別表に示します。含まれる薬の多さに気づかれることでしょう。この表は世界アンチ・ドーピング機構 (WADA) により定められ、少なくとも年に1回以上は改定されます。この禁止表はあくまでも例示リストであるため、類似の化学構造または類似の生物学的効果をもつものは全て禁止されます。また、禁止表のどのセクションにも属さない無承認薬物 (例えば、前臨床段階、臨床開発中、あるいは臨床開発が中止になった薬物、デザイナードラッグ、動物への使用のみが承認されている物質) も同様に常に禁止されることが明示されています。このように広範な医薬品と医薬品の代謝物についても分析法の研究を進める必要があります。私たちは、ドーピング検査において重要な評価対象化合物となるグルクロン酸抱合体の化学合成に関する研究を現在行っており、アンチ・ドーピング活動に継続して貢献していきたいと考えています。
薬剤師ができるアンチ・ドーピング活動は、薬の専門家としてアスリートのそばに寄り添うこと、競技の公平性を保つこと、または新しい検査技術について研究することなど多岐に渡ります。私たちに身近な存在として、スポーツファーマシストが挙げられます。スポーツファーマシストとは、日本アンチ・ドーピング機構が、最新のアンチ・ドーピングに関する知識をもった薬剤師を認定するものです。その数は年々増えており、2019年4月時点で9,000人を超える薬剤師が認定を受けています。スポーツファーマシストは薬剤師のバックグラウンドをもつ薬の専門家です。まだ知名度はそれほど高くありませんが、アスリートやスポーツ活動のサポートスタッフまたスポーツ愛好者にとって、頼れる相談相手になることでしょう。
参考
1) 公益財団法人 日本アンチ・ドーピング機構 ホームページ