6. 生活習慣とアンチ・ドーピング:アスリートと腸内細菌
今回のお話は、話題の腸内細菌についてです。腸内細菌がアスリートのパフォーマンスに大きな影響を与える事はあまり知られていません。一体どのような時どのような影響を与えるのでしょうか?
松戸歯学部 落合 智子
近年、腸内細菌叢が健康増進、疾病予防や、疾病治療、運動能力発達のために広く研究されています。特に、多くの疾患と腸内細菌叢の関連性が明らかになり、腸内細菌叢の多様性がヒトの健康維持や疾患発症と深く関連することが示唆されています。アスリートと腸内細菌との関係についても、いろいろな研究結果が出始めています。例えば、運動中の胃内容物の排出を促進し、胃腸の苦痛を軽減するために、アスリートは食物繊維や炭水化物、レジスタントスターチ(難消化性でんぷん)の摂取を控えることが勧められています。また、アスリートは筋肉合成のために高タンパク食を摂取する傾向があります。このような食餌療法は微生物の多様性を減らし、その結果、大腸のエネルギー源である短鎖脂肪酸の産生を低下させ、アスリートの運動効果を相殺してしまう危険があります。
また栄養補助食品は、パフォーマンスと体の回復を改善するためにアスリートの間で人気があります。プロテインサプリメントは、パフォーマンスを向上させ、筋肉量を増やすことが知られていますが、他の臓器への影響はわかっていません。プロテインの過剰摂取は腸内細菌叢の不均衡を誘導し、ヒトに有害な影響をもたらします。クロスカントリーランナーによる実験では、タンパク質サプリメントを補完した食餌を10週にわたり摂取すると腸内細菌の中でバクテロイデス属菌が増加し、ビフィズス菌の減少が認められました。従って、長期的なタンパク質の過剰補給は腸内細菌に悪影響を及ぼす可能性があります。
一方、一流ランナーの腸内微生物叢に含まれる特定の細菌が、選手のパフォーマンス向上に役立つ可能性があることを報告する論文が最近発表されました。
ボストンマラソンの選手とランナーではない対照者から、マラソンの前後1週間に採取した糞便をそれぞれ解析したところ、運動後の選手の糞便中にはベイヨネラ属の細菌が増加していました。ベイヨネラ属菌には運動後の疲労に関連する乳酸を唯一の炭素源としてプロピオン酸に代謝する遺伝子が全て備わっています。さらに、プロピオン酸の直腸内点滴注入からヒトの身体は、このプロピオン酸を利用して運動能力を改善することが示されています。
これらの結果は、スポーツ選手87人からなる別のコホート実験においても確かめられました。動物実験においても、この細菌を投与されたマウスは、対照群のマウスと比較して、走行時間の長さが13%上昇しました。将来的には、ベイヨネラ属菌をサプリメントとして摂取することも有効かもしれませんが、果たしてこれはドーピングになるのでしょうか?