6. 生活習慣とアンチ・ドーピング:飽食による影響は次世代へ継承される!? ~アンチ・ドーピング教育の実践に向けて~

食生活が運動機能の向上や健康に重要な事は言うまでもありません。そして面白いことに食生活で培われた「体質」は遺伝してしまうのです。ドーピングを違った視点から見てみます。

生物資源科学部 山室 裕

 平成25年12月に「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録されました。日本は世界有数の長寿国として認識されており、日本人の健康的な食生活を支えてきた動物性油脂の少ない理想的な栄養バランスが、「和食」の特徴として挙げられています。「和食」が登録された要因として、昨今の「日本食ブーム」が引き金になっているとも思われますが、世界人口の3分の1が肥満または過体重であるという極めて重要な公衆衛生上の問題から派生したことも想像できます。それでは、現代の日本の食卓はというと…残念ながら、戦中戦後の食料不足の時代から食の欧米化や高度成長期以降の飽食の時代へと変遷し、近年は栄養素の欠乏症は減少した代わりに過食、食生活の乱れによる過剰なカロリー摂取による肥満が日本でも欧米諸国と同様に問題となっています。肥満は脂質異常症や高脂血症、糖尿病、高血圧症を引き起こし、動脈硬化、心筋梗塞、脳梗塞などの虚血性疾患の発症リスクを高めます。また、結腸直腸がん、肝臓がんなどの危険性を上昇させることも示されています。マウスに高脂肪飼料を摂取させることにより実験的な肥満モデルは容易に作出でき、人為的に脂肪肝や血中脂質含量の増加、2型糖尿病様の代謝異常を誘発できます(参考1)。これは、ヒトと同様に動物でも食生活の乱れ(この場合、乱れさせているのは人間ですが…)により生活習慣病が誘発されることを示すものです。ヒトで言えば「食べた本人の責任」とのことですが、そこに留まらず、“肥満を誘発させたマウスの親”から生まれた“子”は、生後に親とは異なる“通常の餌”を食べさせ続けたにも関わらず、体重が増加し、基礎代謝や脂質代謝に関わる遺伝子の発現が変異するという研究成果も報告されています(参考2)。この知見は、親世代に高脂肪飼料を摂取させて誘導された“肥満”の特徴が、次世代に伝播してしまうことを示したものです。この伝播の経路には、親の飽食(高脂肪飼料の摂取)の影響を受けた①生殖細胞(卵子や精子)を介する経路、②母親の子育て行動の変化、などが考えられます。何れにしても、飽食により変異してしまう“分子メカニズム”の解明が待たれます。

 「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録された同年の平成25年から、高等学校の学習指導要領体育理論に「オリンピックムーブメントとドーピング 」が盛り込まれ、「アンチ・ドーピング 」教育が実施されています。私たちがよく知っている「ドーピング(doping)」という言葉は、英語の“dope”(麻薬、興奮剤などの意)の動名詞であり、運動能力・筋力の向上や神経の興奮などを目的として、主として薬物を使用すること、及びそれを隠蔽する行為を指すとされています。これらの行為は、公平・公正を期するスポーツ精神に反するのみならず、アスリート自身の健康に多大な影響を及ぼすことが明らかになっています(参考3)。また、次世代を担う青少年への悪影響など、社会的害悪を及ぼすことも危惧されています。しかしながらそれ以上に懸念されるのは、前段でも述べたように食品からの偏った栄養素摂取の影響が、摂取した本人に留まらず、子の世代へ伝播されてしまうことです。ヒトの運動能力(生体の機能)を変異させてしまう“dope”は、食品から得る栄養素による影響を簡単に凌駕してしまうであろうことが容易に想像できます。それを踏まえた「アンチ・ドーピング教育の実践」が必要不可欠ではないでしょうか?

 

参考1:Fraulob, et al. J Clin Biochem Nutr. 46:212-223 (2010)

参考2:Samuelsson, et al. Hypertension. 51:383-392 (2008)

参考3:https://www.youtube.com/watch?v=4rUpX3QSPmw