7. ドーピングに対する検査技術:薬物血中濃度解析用アプリを活用してドーピングを予防する
体内に入った薬物がどのくらいの時間で消えていくのかを計算から予測することができます。ただし電卓を弾いていたのでは時間がかかりすぎです。そこで現在ではアプリを使用して薬物の時間的変化を追いかけることができます。
薬学部 小林 宏司
ドーピングと一言で言ってもいろいろな手段や方法がありますが,もっとも分かり易いのは禁止されている薬物やサプリメントを摂取し,自分自身の運動機能を一時的に高める方法であります。
薬物やサプリメントに含まれる物質は体内に入ると主に血液によって運搬されて,各臓器や筋肉等に届けられて作用します。ただし,ずっと同じ場所に留まることはなく,常に血液によって体内を循環するようになっています。そして,体内を循環するうちに,肝臓や腎臓で代謝されるため,物質の構造に変化がおこったり,時間の経過とともに尿と一緒に体外へ排出されたりします。したがって,十分な時間が経つと摂取した薬物やサプリメントの成分は,ほぼ全量が体内から消失します。すなわち,摂取した薬物やサプリメントの成分が血液中に存在する割合を示す血中濃度は摂取後の経過時間に対して常に変化しているということです。
また,薬物の場合,体内に摂り入れる経路として現在では、主に次の3経路を使用します。一つは注射器を使用し,薬剤を一気に体内に摂り入れる静脈内急速投与,もう一つは点滴バックを使用し,一定の割合で時間をかけて体内に摂り入れる静脈内持続投与,そして,もっとも一般的な錠剤やカプセル,粉体や液体として口から消化管を経由して徐々に体内に摂り入れる経口投与があります。投与経路によっても体内の薬物血中濃度の時間推移が異なります。
これまでの数多くの研究から,体内に摂り入れられた薬物やサプリメントの成分の血中濃度の時間推移は,物質によらず薬物を体内に摂り入れる経路によって,大体同じような変化を示すことが分かってきたため,今日では特定の数式を使って薬物血中濃度の推定計算を行うことができるようになっています。ただし,時間ごとの計算が必要となるため電卓等で逐一計算することはかなりの労力が必要であり,現実問題としては困難です。そこで,我々は,比較的簡単に血中濃度の時間推移を計算することができるWindows10用アプリの開発に取り組んでいます。現在,Microsoft Storeで試作アプリを無料配布しています。興味のある方は,「PKapp01」で検索してみて下さい。
このアプリは,口から飲んだ薬物が消化管から徐々に吸収される投与経路,すなわち経口投与に対応しており,現在ドーピング対象となっている7種類の薬物についての計算設定用のデータが収蔵されております。薬物を選択し,体重と薬物の投与量を入力することで薬物血中濃度の時間推移を推定できます。また,反復して薬物を飲んだ場合や投与休止後の薬物血中濃度についても推定可能です。今後,アプリに収蔵される薬物の数を増やして,機能の充実を図る予定です。
このアプリを使って飲んだ薬物の血中濃度の時間推移を知ることで,どのようにするとドーピング検査で陽性反応が出てしまうのかについて学ぶことができるはずです。また,うっかりしてトーピング対象の薬物やサプリメントを飲んでしまった場合に,体内からドーピング対象物質が消失するまでのおおよその時間を計算することができるはずです。いずれにせよドーピングは不正行為であることをこのアプリを使うことで,再認識していただければ,未然に防止することができると我々は考えております。